深夜2時、サービスエリアの冷たい自販機の光だけが、相棒だった。
「パパ、いつ帰ってくるの?」
スマホの画面に映る、娘の寝顔の写真。昨日送られてきたその写真を見ながら、俺は何度目か分からないため息をついた。ハンドルを握る手は、とっくに感覚が麻痺している。腰の痛みは、もはや日常の一部だ。
この記事を読んでいるあなたも、もしかしたら同じような夜を過ごしているのかもしれません。終わらない高速道路、孤独な車内、そして日に日に遠ざかっていく家族の温もり。長距離トラック運転手という仕事に誇りを持ちながらも、心と体が悲鳴を上げている…そんなあなたへ、これは俺自身の物語です。
ハンドルと引き換えに失っていった、かけがえのない時間
長距離ドライバーになって8年。日本の物流を支えている自負はあった。若いうちは体力にも自信があったし、走れば走るだけ稼げるこの仕事は、家族を養うための最善の選択だと信じて疑わなかった。
口癖は「疲れた」と「ごめん」
最初のうちは、数日ぶりに家に帰るとヒーローのような扱いだった。でも、それが日常になるにつれて、家族の風景は少しずつ変わっていった。
- 子供の成長を見逃す日々:娘の運動会も、息子のサッカーの試合も、いつもビデオ通話の向こう側。写真でしか成長を知れない父親でいることに、胸が張り裂けそうだった。
- 妻の溜め息:家のこと、子供のこと、すべてを一人で背負わせてしまっている。電話口で聞こえる「大丈夫だよ」という声が、逆に俺を苦しめた。
- 蝕まれる心と体:不規則な食事、浅い睡眠。カフェインと栄養ドリンクで無理やり体を動かす毎日。健康診断の結果は年々悪化し、医者からは「このままでは危ない」と警告されていた。
心の悲鳴「俺、何のために走ってるんだ…?」
一番きつかったのは、精神的な孤独感だった。広い運転席で、たった一人。誰とも言葉を交わさない日が何日も続く。
『また今日も、子供の寝顔にしか会えないのか…』
『俺が稼いだこの金で、家族は本当に幸せなのか?』
『もうダメかもしれない…このままじゃ、心が壊れる…』
そんな内なる独白が、エンジンの音にかき消されることなく、頭の中で響き続けた。家族のために始めた仕事が、その家族を蝕んでいる。この矛盾に、俺はもう耐えられなかった。
穴の開いたバケツで水を運ぶような毎日
この状況を何とかしようと、俺も色々なことを試した。仮眠の質を上げるグッズを買ったり、少しでも電話する時間を増やしたり。でも、すべては焼け石に水だった。
なぜ「頑張り」では解決しないのか
ある日、長年の同僚が体を壊してハンドルを降りた、という話を聞いた。その時、ハッとしたんだ。これは気合や根性の問題じゃない。働き方そのものに、構造的な欠陥があるんだと。
この状況は、まるで「水漏れするバケツ」で水を運んでいるようなものだ。
- 一般的な解決策(表面):こぼれる水を気にしながら、もっと速く走って水を汲み足し続ける(栄養ドリンク、気合)。
- 僕が気づいたこと(深層):どれだけ頑張っても、バケツの穴が空いている限り水は漏れ続け、いつか空っぽになって倒れてしまう。
本当にやるべきことは、一度立ち止まって、バケツの穴そのものを塞ぐこと。つまり、働き方自体を根本から見直すことだったんだ。
人生のハンドルを切り返した日|地場配送への挑戦
「地場配送に転職しようと思う」
妻にそう告げた時、彼女は驚きもせず、ただ「やっと言ってくれた」と涙を流した。俺が一人で抱え込んでいると思っていた悩みは、家族全員の悩みだったんだ。
もちろん、不安がなかったわけじゃない。
- 収入は下がるんじゃないか?
- 長距離の経験しかなくて、うまくやれるだろうか?
- 新しい職場の人間関係は大丈夫か?
でも、失うものと得られるものを天秤にかけた時、答えは明白だった。これ以上、家族との時間を失うわけにはいかない。俺は、転職エージェントに登録することから始めた。
【比較】長距離 vs 地場配送|僕が感じたリアル
言葉だけでは伝わりにくいかもしれない。俺が実際に体験した変化を、正直に表にしてみた。
項目 | 長距離ドライバー時代 | 地場ドライバー(現在) |
---|---|---|
勤務時間 | 平均12-15時間/日(拘束長い) | 8-10時間/日(ほぼ定時) |
帰宅 | 週に1〜2回 | 毎日 |
睡眠 | トラックの寝台(平均4-5時間) | 自宅のベッド(7時間以上) |
家族との時間 | ほぼゼロ。電話のみ | 毎日夕食を共に。休日は家族サービス |
収入 | 高めだが、不安定 | 安定。手当等で前職の8割程度 |
体力的負担 | ◎ 長時間運転による腰痛・疲労 | ○ 荷降ろしは多いが、体は楽 |
精神的負担 | ◎ 孤独感、プレッシャー、罪悪感 | △ 時間指定のプレッシャーはあるが、比較にならない |
「おかえり」が聞こえる毎日。俺が取り戻した本当の宝物
地場配送の仕事に転職して1年。俺の生活は、180度変わった。
夕方には家に帰り、妻が作った温かい味噌汁をすする。食卓では、子供たちがその日の出来事を夢中で話してくれる。休みの日は、公園でキャッチボールをする。
当たり前の日常という、最高の贅沢
以前の俺が聞いたら、「そんな当たり前のこと」と笑うかもしれない。でも、その”当たり前”を、俺は8年間も手放していたんだ。ハンドルを握る手で、今は子供の手を握っている。高速道路の先にあったのはゴールじゃなく限界だったけど、今の仕事の先には、家族の笑顔という確かなゴールがある。
収入は少し減った。でも、それ以上に得られたものの価値は計り知れない。心のバッテリーは、家族という最高の充電器で毎日フル充電されている。
よくある質問(FAQ)
Q1: 地場配送の仕事はすぐに見つかりますか?
A1: はい、2024年問題などもあり、運送業界は全体的に人手不足です。特にドライバー経験者は歓迎される傾向にあります。複数の転職サイトやエージェントに登録し、自分の希望条件に合う会社をじっくり探すことをお勧めします。
Q2: 長距離しか経験がありませんが、大丈夫でしょうか?
A2: 全く問題ありません。むしろ、基本的な運転技術や荷物の取り扱い経験は大きな強みになります。最初はルートを覚えるのが大変かもしれませんが、多くの会社で研修制度が整っています。僕も1ヶ月ほどで慣れました。
Q3: 収入面が一番心配です。どのくらい変わりますか?
A3: 会社や仕事内容によりますが、一般的に長距離の高収入と比べると、2割前後下がる可能性はあります。しかし、深夜手当や残業代が安定して支給される会社も多く、僕の場合は生活レベルを大きく変える必要はありませんでした。何より、外食や栄養ドリンク代が激減したので、可処分所得はあまり変わらなかったです。
人生のハンドルを、今こそ自分の手に取り戻そう
この記事を最後まで読んでくれたあなたは、きっと本気で今の状況を変えたいと願っているはずだ。
かつての俺のように、サービスエリアで一人、スマホの画面を見つめているのなら、伝えたい。
その苦しみは、あなた一人のせいじゃない。そして、その状況は、必ず変えることができる。
километражを稼ぐことよりも、家族の笑顔を稼ぐ人生へ。最初の一歩は、ほんの少しの勇気だけだ。まずは転職サイトを眺めてみる、家族と真剣に話してみる。その小さな一歩が、あなたの人生のハンドルを、未来へと切り返す大きな力になる。
あなたの帰りを待っている人がいる。その「おかえり」の声が、何よりの報酬になるはずだから。