夜勤明けの重い体を引きずり、アパートのドアを開ける。誰もいない部屋の静けさが、かえって心に鉛を流し込むようだった。壁に貼られたカレンダーには、びっしりと埋まった勤務シフトと、週末にすら消えない委員会や勉強会の予定が。「ああ、またこの一週間が始まるのか…」深いため息が漏れる。これが、看護師2年目の私、明里の日常だ。
入職した頃の、患者さんの笑顔のために頑張ろうという純粋な気持ちは、どこへ消えてしまったのだろう。1年目を乗り越え、ようやく仕事に慣れてきたと思ったら、次々と重圧がのしかかってきた。プリセプターの指名。まだ自分も手探りなのに、新人の指導責任が肩にずしりとのしかかる。「私が完璧じゃないのに、この子に何を教えればいいんだろう?間違ったことを教えてしまわないか、不安で仕方がない…」夜中に目が覚めて、指導内容を反芻する日々。委員会活動も始まり、資料作成や会議で残業は当たり前になった。定時で帰る日はほとんどなく、唯一の楽しみだった友人とのおしゃべりも、疲労でキャンセルすることが増えた。
給料は上がらないのに、責任だけが雪だるま式に増えていく。ある日、患者さんの些細な変化を見落としそうになった時、背筋が凍るような感覚に襲われた。「もし、あの時気づかなかったら…」その夜は一睡もできなかった。ミスへの恐怖、後輩を育てるプレッシャー、そして何よりも、このままでは自分が潰れてしまうのではないかという漠然とした不安。「もうダメかもしれない…なぜ私だけがこんなに苦しいんだろう?みんなは平気な顔をしているのに…」心の中で何度も叫んだ。
同期は皆、この状況を乗り越えているように見える。本当にそうなのか、それとも私だけが弱いのか。3年我慢すれば、何か変わるのだろうか?でも、その3年が途方もなく長く、暗いトンネルのように感じられた。「このまま耐え続けて、心も体も壊れてしまったらどうするの?」そんな声が頭の中でこだまする。辞めたい。この一言が、喉の奥にずっと引っかかっている。でも、まだ2年目。こんなに早く辞めてしまったら、次の転職先なんて見つからないのではないか。世間からは「根性がない」とレッテルを貼られるのではないか。そんな恐れが、私をがんじがらめにしていた。
しかし、このままでは本当に自分が壊れてしまう。もう一度、あの頃の笑顔を取り戻したい。患者さんのために尽くしたいという、純粋な気持ちを失いたくない。この袋小路から抜け出すには、どうすればいいのだろうか。本当に3年待たなければならないのか。それとも、この苦しみから逃れる道は、どこかに存在するのだろうか。私は、静かにスマートフォンを手に取り、検索窓に「看護師 辞めたい 2年目 責任」と打ち込んだ。画面に表示される同じような悩みを抱える人々の声に、少しだけ心が軽くなった気がした。私は一人じゃない。この絶望の淵から、きっと抜け出せるはずだ。
