入職して半年。あなたは今、深い霧の中にいるような気持ちで、毎日を過ごしているのではないでしょうか。
病棟を駆け回り、必死に業務をこなす同期が、もう夜勤も一人立ちし始めているのに、自分はまだミスばかり。小さなインシデントを起こしてしまい、先輩からの視線が針のように突き刺さる。休憩室の賑やかな声も、なぜか自分に向けられているように感じて、心臓が締め付けられる。
家に帰っても、仕事のことが頭から離れない。眠ろうと目を閉じても、あの日のミスがフラッシュバックし、不安と焦燥感が全身を駆け巡る。そして、ふとした瞬間に、止めどなく涙が溢れてくる。
「こんな短期間で辞めたいなんて、甘えだよね…」「もっと頑張らなきゃいけないのに、どうして私だけこんなにできないんだろう…」
そんな声が、あなたの心の中で木霊していませんか？
私が経験した「終わりの見えないトンネル」：沙織の物語
これは、かつて私と同じように苦しんだ、一人の1年目看護師、沙織（仮名）の物語です。
沙織は、看護師の夢を抱いて、期待と不安が入り混じる中で病院の門をくぐりました。しかし、現実は想像をはるかに超える厳しさでした。患者さんの命を預かる重圧、覚えることの多さ、瞬時の判断を求められる現場。最初は「頑張ろう！」と意気込んでいましたが、日を追うごとに自信は削られていきました。
入職して3ヶ月が経った頃、沙織は初めての夜勤を経験しました。先輩の指導のもと、点滴準備を進めていた時、ふとした手元の狂いで薬剤をこぼしてしまいました。その瞬間、先輩の顔が凍りつき、冷たい声で「何やってるの。もっと集中して」と叱責されました。
「また私だけミスした…なんでこんなにできないんだろう。同期はもう一人立ちしてるのに、私だけ置いていかれてる。このままじゃ、患者さんに何かあったらどうしよう。私のせいで、誰かの命が危なくなるかもしれない…」
その夜から、沙織は眠れない日々を送るようになりました。夜勤明けも、休みの日も、常に仕事のことが頭から離れません。食欲も落ち、体重はみるみる減っていきました。
ある日、病棟で小さなインシデントを起こしてしまった沙織は、その日の夜、自宅で声を上げて泣き崩れました。
「もうダメかもしれない…こんなに苦しいのに、誰にも言えない。辞めたい、でも『甘えだ』って言われるのが怖い。こんな短期間で逃げ出すなんて、看護師失格なのかな。みんなはできてるのに、私だけ…」
彼女は、自分の心がバラバラになっていく音を聞いているようでした。頑張ろうとすればするほど、心は深く沈んでいく。一般的な解決策とされる「もっと努力する」「我慢する」という選択は、彼女の心をさらに深く蝕んでいきました。
「甘え」という言葉があなたを蝕む本当の理由
沙織のように、多くの1年目看護師が「辞めたい」と感じた時に、真っ先に頭をよぎるのが「甘え」という言葉です。しかし、本当にそうなのでしょうか？
この「甘え」という言葉は、まるで呪いのように、あなたの心を縛り付けます。本来、助けを求めるべきSOSの声を、あなた自身が「甘え」だと否定してしまう。その結果、あなたは一人で苦しみを抱え込み、解決策を見つける機会を失ってしまうのです。
あなたは「壊れた船」で嵐の海に出ている
今のあなたの状況は、まるで「穴の開いた船で、嵐の海に出ている」ようなものです。
船に開いた穴を手で必死に塞ぎ続け、水が浸入するのを食い止めようとする。一時はしのげるかもしれませんが、嵐が続く限り、いつか力尽き、船は沈んでしまうでしょう。そして、その責任を「自分の努力が足りなかった」と、自分自身に課してしまうのです。
しかし、本当に必要なのは、その穴を塞ぎ続ける「努力」でしょうか？
「甘え」ではない、それは「生きるためのSOS」だ
あなたの「辞めたい」という気持ちは、決して「甘え」ではありません。それは、あなたの心と体が発する、これ以上無理をしたら壊れてしまうという「切実なSOS」なのです。
厚生労働省のデータを見ても、新卒看護師の離職率は決して低いものではありません。多くの人が、あなたと同じように苦しみ、悩み、そして新たな道を選んでいます。あなたは一人ではないのです。
なぜあなたは苦しむのか？：医療現場の「見えないプレッシャー」
看護師という仕事は、人の命と健康を預かる崇高な使命を帯びています。その責任感は、時にあなたを完璧主義へと追い込み、小さなミスさえも許されないという強迫観念を生み出します。また、新人教育の体制や、人間関係の複雑さも、あなたの心を深くえぐることがあります。
あなたは、決して能力が低いわけではありません。ただ、今の環境が、あなたの心と体に合っていないだけかもしれないのです。
心が壊れる前に、あなたができる「たった一つのこと」
もし今、あなたが沙織と同じような苦しみを抱えているなら、まずあなたに伝えたいのは「自分を責めるのをやめてほしい」ということです。そして、心が完全に壊れてしまう前に、たった一つのことを始めてみてください。
1. まずは「休息」という名の「停泊」を
穴の開いた船で嵐の海を進み続けることはできません。まずは、安全な港に停泊し、心身を休めることが最優先です。有給休暇を取る、可能であれば休職を検討するなど、物理的に仕事から離れる時間を作りましょう。
2. 「SOS」を言葉にする勇気：信頼できる誰かに話す
一人で抱え込まず、信頼できる人にあなたの気持ちを話してください。家族、友人、同期、あるいは職場の産業医やカウンセリングサービスでも構いません。言葉にすることで、感情が整理され、客観的に状況を見つめることができるようになります。
3. 「新しい船」を探す選択肢：あなたの未来は無限大
「看護師＝今の病院」という固定観念から一度離れてみましょう。看護師の働き方は多岐にわたります。部署異動、クリニック、訪問看護、企業内の健康管理室など、あなたに合った環境は必ずあります。あるいは、看護師以外の道を選ぶことも、決して「逃げ」ではありません。それは、あなたの人生をより豊かにするための「戦略的な選択」なのです。
壊れた船を手で塞ぎ続けるのではなく、一度港に戻り、船を修理するか、もっと頑丈な船に乗り換える。あるいは、そもそも嵐の海ではない、穏やかな航路を選ぶ勇気を持つこと。それが、あなたの未来を切り開く唯一の道です。
あなたの価値は、一つの職場で決まらない
1年目で「辞めたい」と感じることは、決して珍しいことでも、恥ずかしいことでもありません。それは、あなたの心が「もうこのままではいけない」と、あなた自身に教えてくれている大切なサインなのです。
あなたの価値は、一つの職場で決まるものではありません。看護師としての知識や技術、そして何よりも患者さんを思うあなたの優しい心は、どんな場所でも輝くことができます。
今の苦しみから一歩踏み出すことは、確かに勇気がいることです。しかし、その一歩が、あなたの人生を、そして看護師としてのキャリアを、全く新しい光で照らすかもしれません。
自分を大切にすること。それが、あなた自身と、そして未来の患者さんを守る、一番大切な看護なのです。さあ、あなたの心の声に耳を傾け、新しい一歩を踏み出す準備を始めましょう。私たちは、あなたの選択を心から応援しています。
