「もう、看護師を辞めるしかないのだろうか…」
田中さんは、夜勤明けの薄暗いリビングで、冷え切ったコーヒーを前に深くため息をついた。5年のブランクを経て、意を決して飛び込んだ施設看護師の世界。だが、現実は想像をはるかに超える厳しさだった。
「アセスメント?観察?何をどう見ればいいのか、全然自信が持てない…」
入居者さんの些細な変化にも気づけず、報告すべきか否か、毎日が判断の連続だ。そのたびに胸が締め付けられる。ベテランの先輩たちは当たり前のように状況を把握し、的確な指示を出す。まるで自分だけが、地図を持たずに嵐の海を漂う小舟のようだ。「なぜ私だけがこんなにできないんだろう。ブランクが全てを奪ってしまったのか…」
最も田中さんを苦しめたのは、医師が常駐しない環境での「判断」だった。急変時の対応、薬の調整、家族への説明…。「もし、私が間違った判断をして、入居者さんに何かあったらどうしよう?」その恐怖は、日を追うごとに彼女の心を蝕んでいった。「あの時、病院でバリバリ働いていた自分はどこへ行ったんだろう。こんなに自信がないなんて、本当に無謀だったんだ…」
自宅に帰れば、家族の前では気丈に振る舞うが、一人になると、全身から力が抜けていく。「もうダメかもしれない。このままでは、誰かを傷つける前に、私が壊れてしまう。いっそ、看護師自体を諦めてしまえば、この苦しみから解放されるのだろうか…」そんな心の声が、毎晩のようにこだまする。
多くのブランク明け看護師が、田中さんと同じように「荒れた庭」を前に立ち尽くしています。かつては美しかったはずの庭が、雑草に覆われ、どこから手をつけていいか分からない。そんな時、「もう更地にするしかない」「他の誰かの庭を手伝うしかない」と、極端な選択肢に囚われがちです。しかし、本当にそうでしょうか?
ブランクは、あなたの看護師としての価値をゼロにするものではありません。むしろ、一度立ち止まったからこそ得られた、新たな視点や柔軟な発想という「肥沃な土壌」がそこには眠っています。医師がいない環境での「判断の怖さ」も、見方を変えれば、あなたの「自律的な看護力」を育む絶好のチャンスなのです。
錆びてしまった刀も、丹念に研ぎ澄ませば再び鋭い輝きを放つように、あなたのブランク明けのスキルも、適切な手入れをすれば必ず蘇ります。大切なのは、焦らず、小さな一歩から「庭の手入れ」を始めること。そして、「もうダメかもしれない」という心の声の奥に隠された「もう一度輝きたい」という本当の願いに耳を傾けることです。
この道は決して「無謀」ではありません。それは、あなただけの「再起の道」なのです。
