あの夏の昼下がりのことを、今でも妙にはっきり覚えている。
8月の午後2時。気温は34度を超えていた。
墓石の隙間から生えた雑草を、一本一本抜きながら、ぼんやり考えていた。
——なんで私、ここにいるんだろう。
熱中症ギリギリの頭で浮かんだのが、仕事への疑問じゃなくて、自分の人生への疑問だったのが、今思えばちょっと笑える。
この記事を読んでいる人は、たぶん「霊園 仕事 きつい」で検索してきたんだと思う。
転職前に実態を知りたくて。あるいはすでに働いていて「もう限界かも」と感じていて。
私も3年前、そうだった。
霊園に転職したのは、逃げるためだった
前の職場は営業だった。
毎朝、チームの前で前日の数字を報告させられた。未達の日は、上司がため息をつきながら「なんでこんなこともできないの」と言った。悪意はたぶんなかった。それが余計につらかった。
胃薬が常備品になって、月曜の朝が怖くて、金曜の夜だけが唯一安心できる時間だった。
ある夜、布団の中でスマホを見ていたら霊園スタッフの求人が目に入った。
静かそう。数字がなさそう。人に怒鳴られなさそう。
それだけの理由で応募した。今考えると、ちゃんと考えていなかった。
入社初日に気づいた「ズレ」
面接では「清掃と来園者対応がメインです」と聞いていた。
でも入社初日、先輩に連れられて事務所に入った瞬間、壁に貼られた一枚の紙が目に入った。
「今月の目標区画販売数」。
スタッフそれぞれの名前の横に、数字が並んでいた。
——あ、これ、営業じゃないか。
求人票に「営業」の文字はなかった。あったとしても「お手伝い程度」とぼかされていた。このズレが、最初のひっかかりになった。
後から知ったことだけど、民営の霊園では、管理と営業が完全に分離されていることは少ない。清掃スタッフでさえ「見学者の対応もお願いします」と言われるのが実態らしい。公営霊園の管理職は自治体採用で枠が極端に少なく、求人のほとんどは民営からくる。
「霊園の仕事はきつい」と調べている人が、まずそこを知っておかないと、私みたいに入ってから「話が違う」ということになる。
霊園で働いてわかった「きつさ」の正体
1. 夏の草むしりは、想像を超える消耗だった
草が生えるスピードを舐めていた。
梅雨明けから9月まで、広大な敷地の草は毎週のように伸びてくる。熱中症対策をしても、午後3時間も外にいれば体が限界になる。
あの8月の昼間も、軍手の中で豆がつぶれていた。シャワーを浴びると沁みる。額の汗が目に入って、それをぬぐう手が真っ黒に汚れている。ふと顔を上げると、はるか向こうまで墓石の列が続いている。
この全部を、自分がやるのか。
思考が止まる感覚があった。
冬は冬で、凍った水道のハンドルを素手で回す日がある。石畳に霜が降りて、ホウキをまともに握れない朝があった。
2. ご遺族の言葉が、じわじわ削ってくる
「墓石に水アカがついてる」「枯れた花がそのまま放置されてた」「他の区画より草刈りが遅い」
悪い人じゃない。大切な人のお墓だから、細かいことが気になるのは当然だ。
でも、悲しみの中にいる人の言葉は、こちらが「おっしゃる通りです」と頭を下げながら、体の奥に刺さってくる。
帰りの車の中で声が出なくなったことが何度あったか。
それと——働き始めてから気づいたことがある。
帰宅すると、玄関で「今日もお線香の匂いするね」と言われる。自分ではもうわからなくなっている。服に染みついた線香の残り香を、家に持って帰る。それが毎日続く。
最初は何でもなかった。でも、ある日ふと「私の日常はこういうものになったんだ」と気づいたとき、少し遠い目になった。
3. お盆・お彼岸が、「孤独な繁忙期」になる
秋分の日。家族連れがお花を持って次々と訪れる中、私は案内係として立ちっぱなしだった。
みんながにぎやかにしている日に、自分だけが仕事をしている。最初の1年は気にしなかった。2年目もなんとかなった。3年目の彼岸、疲れた家族連れを眺めていたら、理由のない悲しさがやってきた。
でも、それより地味にきつかったのが別のことだった。
管理棟の小さな休憩スペースで食べるコンビニ弁当。夏はぬるくなって、冬は冷たいまま。「冷めきった弁当の味」が、なんとなく自分の状況と重なって見えた日があった。
4. 「何の仕事してるの?」が、怖くなる
これは事前に想像していなかったきつさだった。
久しぶりに会った知人に「今なにやってるの?」と聞かれたとき、一瞬詰まった。「管理業務です」とだけ答えた。「霊園の」とはなぜか言えなかった。
悪気のない友人から「霊園って暇そうでいいじゃん、一人でのんびりできるじゃん」と言われたことがある。実態は炎天下の肉体労働と遺族対応と営業の掛け合わせなのに、その説明をする気力もなかった。
楽そうで選んだ自分が言えることじゃないし、でも楽じゃない。
この矛盾を、誰にも話せなかった。
それでも、前の職場より心は壊れなかった
正直に言う。
霊園で働いた3年間、私の心は前の営業職より確実に健康だった。
毎朝「今日こそ詰められる」と怯えることがなかった。数字の達成を誰かに責められることがなかった。胃薬を飲まなくてよくなった。
ご遺族に「いつもきれいにしてくれてね」と言われたとき、それだけで一日が報われる感覚は、営業でトップになったときとは全然違う種類の充実感だった。
「感謝される仕事だから尊い」なんてきれいごとは言わない。でも、「ありがとう」が聞こえる場所にいられることの意味が、3年経つうちにじわじわわかってきた。
夕方5時、来園者がいなくなった霊園で門の鍵を閉める瞬間、夕焼けが墓石を赤く染めていた。
今日も一日が終わった。その解放感が、私には少しだけ必要だったのかもしれない。
霊園の仕事が「合う人」「合わない人」——私の周囲を見て思ったこと
長く続けられた人の共通点
一緒に働いた同僚を思い返すと、長く続いた人には共通点があった。
体を動かすことへの苦手意識が薄い人。数字や評価よりも「役に立てた」という感覚で動ける人。そして「死」を日常の延長として受け入れられる人。
最後のが意外と大きかった。墓前で手を合わせる高齢者の姿を毎日見る。それが怖い人や、心理的に重苦しい人は、3ヶ月もたなかった。
逆に「ここを守っている」という感覚に意味を見出せた人は、きつい夏を何度も乗り越えていた。
合わなかった同僚の話
一緒に入った同期がいた。前職は金融系だという。
敬語も丁寧で、ご遺族への対応も完璧だった。でも半年で辞めた。
「体力じゃなくて、気持ちがついていかなかった」と去り際に言っていた。
きつさには二種類ある。体のきつさと、心のきつさ。霊園はどちらも求めてくる仕事だ。
霊園を辞めたいと感じたら、まず知っておいてほしいこと
「もう限界かも」と感じているなら、それはたぶん正しいサインだ。
転職を考えているけど「自分みたいな経歴で相談できるのか」と不安な人に、一つだけ言いたい。
私も同じだった。「こんな経歴で…」と思いながら登録した転職サービスで、話を聞いてもらうだけで頭が整理された。決断しなくていい。まず選択肢を知るだけでいい。
▶ ピタテン
未経験・転職回数が多い方向け。「自分の経歴がバラバラで恥ずかしい」という感覚がある人ほど向いている。
▶ 第二新卒エージェントneo
フリーター・派遣・既卒の転職支援に強い。1人あたり平均10時間のサポートがあるので、何から始めればいいかわからない人に助かる仕組みだった。
▶ キャリアチケット転職エージェント
「安定を求めてきたけど、もう少し自分を評価してくれる場所に行きたい」という方向け。成長企業への転職に特化している。
「でも転職なんてうまくいくかわからない」という人へ
わかる。私もそうだった。
一つだけ提案するとしたら、求人を眺めるだけでいい。
登録して、スカウトを待ちながら「こんな仕事もあるんだ」と眺めるだけで、今の職場が世界の全てじゃないという感覚が少し戻ってくる。
転職を決めなくていい。選択肢があることを、知っておくだけでいい。
本を一冊挙げるなら、西村佳哲の『自分の仕事をつくる』(図書館で借りられる)が、転職を煽るわけでもなく「働くとはどういうことか」を静かに考えさせてくれた。
参考:全国の主要霊園リスト(転職・就職希望者向け)
霊園への転職・就職を具体的に考えている人のために、都道府県別の主要な公営霊園をまとめておく。
⚠️ 各霊園の求人情報は公式サイト・ハローワーク・求人サイト等で直接確認してください。
北海道
東北(宮城・岩手・福島ほか)
関東(東京・神奈川・埼玉・千葉ほか)
東海・中部(愛知・長野・新潟ほか)
近畿(大阪・京都・兵庫ほか)
まとめ——霊園の仕事はきつい。でも、きつさの「種類」を知ってほしい
霊園の仕事がきついのは、本当だ。
夏の炎天下、遺族対応、休めない繁忙期、そして民営なら避けられない営業の側面。どれも否定しない。
でも、私にとってそれは、毎朝胃を痛めながら数字を追うきつさとは、種類が違った。
向いているかどうかは、やってみないとわからない部分もある。ただ、この記事を読んで「ちょっと違うかも」と感じたなら、それもひとつの正直な答えだ。
今の職場に疲れて検索してきた人には、急いで結論を出さなくていいと伝えたい。
求人を見るだけ、話を聞いてもらうだけ。その一歩が、選択肢を広げる最初の動きになる。
