「地元に貢献したい。でも、観光業は全くの未経験…」
深夜のワンルーム、PCの光だけが煌々と部屋を照らす中、あなたは何度目かわからないため息をつく。画面に映るのは、故郷の観光協会の求人情報。胸を熱くさせる「地域活性化」「地元の魅力を発信」という言葉と、心を冷たく凍らせる「経験者優遇」の四文字。
28歳、都内での販売職。数字に追われ、満員電車に揺られる日々。ふと窓の外を眺めると、思い出すのは子供の頃に駆け回った故郷の山や、夏祭りの賑わい。あの温かい場所のために、自分の力を使いたい。その想いは日に日に強くなるばかり。
でも、一歩が踏み出せない。
「販売の経験なんて、観光の仕事に役立つのだろうか…」
「未経験の自分なんかが応募したら、迷惑がられるだけじゃないか…」
そんな内なる声が、あなたの情熱に冷や水を浴びせ、応募ボタンを押そうとする指を何度も押しとどめる。これは、そんな過去の私自身、そして今のあなたのための物語です。
私が「経験者優遇」の呪縛に囚われていた頃
何を隠そう、私自身もあなたと全く同じ状況にいました。3年ほど前、当時29歳。都内のIT企業で法人営業として働いていた私は、Uターンして地元の観光協会で働くことを夢見ていました。
しかし、私の前に立ちはだかったのも、やはり「経験者優遇」という分厚い壁でした。
応募すらできずに、ただ時間だけが過ぎていく日々
毎晩のように求人サイトをチェックしては、魅力的な求人を見つけて心躍らせる。しかし、応募資格の欄に「観光業界での実務経験3年以上」といった一文を見つけるたびに、スマホを放り投げたくなるような無力感に襲われるのです。
「どうして私だけがこんな思いを…」 心の中で、誰にぶつけるでもない怒りが渦巻いていました。友人たちはそれぞれのキャリアで着実にステップアップしているように見える。なのに自分は、夢への入り口にすら立てていない。
当時の私は、一般的な転職活動のセオリー通り、職務経歴書を磨くことばかりに躍起になっていました。営業成績や達成率を書き連ね、少しでも「デキる人材」に見せかけようと必死でした。しかし、書けば書くほど、「観光」というキーワードとの隔たりが浮き彫りになるだけ。
- 試したこと1: 職務経歴書に「コミュニケーション能力」や「企画提案力」といった抽象的な言葉を並べる。
- 結果: 誰にでも言えることであり、観光業界でどう活かせるのか、自分でも全くイメージが湧かなかった。
- 試したこと2: 付け焼き刃で観光系の資格の勉強を始めてみる。
- 結果: 勉強はしているものの、実務経験のなさを埋めるには程遠く、むしろ焦りだけが募っていった。
「もうダメかもしれない…」 そんな絶望感が、まるで濃い霧のように心を覆っていました。地元に貢献したいという純粋な想いは、いつしか「自分には資格がない」という劣等感にすり替わっていたのです。
視点を変えた日:それは「未経験」ではなく「異業種のプロ」という発見
転機が訪れたのは、ある地方創生のオンラインセミナーに参加した時でした。登壇者の一人が、こんなことを言ったのです。
> 「地域に必要なのは、同じ業界の常識を持った人だけではありません。むしろ、外の視点、違う業界のスキルを持った『よそ者』の発想が、新しい風を吹き込むんです。」
その言葉は、まるで頭をガツンと殴られたような衝撃でした。
私はずっと、「観光業界の経験がない」という欠点ばかりを見ていました。しかし、それは間違いだったのです。私は「未経験者」なのではなく、「販売・営業という分野のプロフェッショナル」だったのです。
この発見は、私の世界を180度変えました。足りないものを嘆くのではなく、持っているものをどう活かすか。その瞬間から、私の転職活動は「苦行」から「戦略的な挑戦」へと変わったのです。
あなたの「当たり前」は、観光協会にとっての「宝物」
考えてみてください。あなたが販売職で培ってきたスキルは、観光協会が喉から手が出るほど欲している能力かもしれません。
あなたの販売職スキル(当たり前) | 観光協会での活かし方(宝物) |
---|---|
顧客のニーズヒアリング力 | 観光客が本当に求めている体験は何かを的確に把握し、新しいツアーやイベント企画に繋げる。 |
商品説明・提案力 | 地元の特産品や観光スポットの魅力を、ただの事実ではなく「物語」として伝え、訪れたいと思わせる。 |
売上目標達成に向けた行動力 | 観光客数や物販売上などのKPIを設定し、達成に向けた具体的なプロモーション施策を立案・実行する。 |
クレーム対応・顧客満足度向上 | 観光客からの意見やクレームに真摯に対応し、サービスの質を向上させ、リピーターを増やす。 |
在庫管理・データ分析 | パンフレットの在庫や来場者データを分析し、効率的な観光案内やマーケティング戦略を立てる。 |
これらはほんの一例です。あなたは「未経験」なのではなく、即戦力となりうる「異業種の専門家」なのです。この事実に気づくことこそ、すべての始まりです。
『経験者優遇』の壁を突破する3つの戦略的ステップ
視点が変われば、行動も変わります。ここからは、私が実践し、実際に内定を勝ち取った具体的な3つのステップをご紹介します。もう、ただ求人サイトを眺めてため息をつくのは終わりにしましょう。
ステップ1:『スキルの翻訳』で職務経歴書を書き換える
まず最初に取り組むべきは、あなたのスキルを「観光業界の言葉」に翻訳することです。抽象的な「コミュニケーション能力」といった言葉は封印しましょう。
- 悪い例: 「販売職として、高いコミュニケーション能力を活かして売上に貢献しました。」
- 良い例: 「婦人服の販売職として、お客様一人ひとりのライフスタイルや悩みをヒアリングし、潜在的なニーズを引き出すことで、顧客単価を前年比120%に向上させました。この『個客の課題解決力』は、多様なニーズを持つ観光客に寄り添った新しい体験プランを企画する上で必ず活かせると確信しております。」
このように、「(具体的な行動)をした結果、(数字で示せる成果)を出しました。この(抽象化したスキル名)は、貴協会で(このように活かせます)」というフレームワークで、すべての経験を書き換えていくのです。これは、あなたの経験に「値札」を付け直す作業です。
ステップ2:『準・経験者』になるためのアクションを起こす
とはいえ、情熱やスキルだけでは足りない場合もあります。そこで重要になるのが、応募前から「準・経験者」になってしまう、という考え方です。
- SNSで地元の魅力を発信し始める: 個人のInstagramやブログで、Uターン希望者や観光客の視点から地元の魅力を発信してみましょう。これは単なる趣味ではありません。「自主的なマーケティング活動」であり、面接で語れる強力な実績になります。「すでに、御会の仕事を勝手ながら始めています」というアピールは、どんな言葉よりも説得力を持ちます。
- 地元のイベントにボランティアで参加する: 週末に帰省し、地域のお祭りやイベントに運営スタッフとして参加してみましょう。内部の人間と繋がりができるだけでなく、「本当に地域貢献への意欲がある」という本気度の証明になります。
- 観光協会に「客」として訪れ、提案する: 一度、観光客として地元の観光協会を訪れてみてください。そして、「もっとこうすれば良くなるのに」という改善点をメモしておきます。面接の際に、「先日利用させていただいたのですが、私ならこう改善します」と具体的な提案ができれば、他の候補者と圧倒的な差をつけられます。
ステップ3:『物語』で情熱を伝える面接術
最後のステップは、面接です。スキルや行動をアピールするのはもちろんですが、未経験者採用で最も重要なのは「なぜ、あなたなのか?」という問いに答えられるかどうかです。
ここで語るべきは、単なる志望動機ではありません。あなただけの「地元への想いを巡る物語」です。
- 原体験: なぜ、あなたは地元に貢献したいと思うようになったのか?子供の頃の思い出、心を動かされた風景、都内での生活で感じた故郷への想いなど、あなただけの原体験を具体的に語りましょう。
- 葛藤: 貢献したいという想いと、「未経験」という現実の間でどれだけ悩んだか、正直に打ち明けることも有効です。その葛藤を乗り越えるために、ステップ2で紹介したような行動を起こした、というストーリーは面接官の心を打ちます。
- 未来への貢献: そして、あなたのスキルと情熱が、この観光協会、この地域にどのような未来をもたらすのか。壮大な夢物語ではなく、「私の販売経験を活かして、まずは閑散期の平日客を10%増やすための新しいお土産プランを企画したい」といった、具体的で地に足のついたビジョンを提示しましょう。
スキル(HOW)と情熱(WHY)が、あなただけの物語(STORY)によって結びついた時、あなたはもはや「未経験者」ではなく、「この地域に最も必要な人材」として面接官の目に映るはずです。
よくある質問(FAQ)
Q1: 販売職以外の、例えば事務職などでもスキルは活かせますか?
A1: もちろんです。事務職で培った正確な書類作成能力やスケジュール管理能力、データ集計スキルなどは、観光協会の運営に不可欠です。例えば、「補助金申請書類の作成経験」は即戦力ですし、「部署間の調整業務」の経験は、地域の様々な事業者と連携する上で非常に役立ちます。重要なのは、どんな職種であれ「自分のスキルがどう貢献できるか」を翻訳する視点です。
Q2: 年齢が30代を超えていても、未経験からの転職は可能でしょうか?
A2: 可能です。むしろ、30代だからこその社会人経験やポータブルスキル(業種を問わず通用する能力)が評価されるケースも多々あります。特にマネジメント経験や後輩指導の経験があれば、将来のリーダー候補として期待される可能性もあります。年齢をハンデと捉えず、それまでに培った経験の豊かさを武器にしてください。
Q3: 実際に転職する前に、やっておくべきことはありますか?
A3: まずは、希望する地域の観光協会がどのような事業を行っているか、徹底的にリサーチすることをお勧めします。公式サイトやSNSを読み込むのはもちろん、可能であれば実際にその地域を訪れ、観光客の動向や地域の課題を肌で感じることが重要です。その上で、「自分なら何ができるか」という仮説を複数持っておくと、応募書類や面接での説得力が格段に増します。
その一歩が、あなたの物語の始まりになる
数ヶ月後。あなたは故郷の澄んだ空気を吸い込みながら、観光協会のオフィスへと歩いています。デスクでは、あなたが販売職の経験を活かして企画した新しい体験ツアーのパンフレットが最終校正の段階に入っています。地域の生産者さんたちの笑顔、SNSで「楽しかった!」とコメントをくれる観光客。それら一つ一つが、かつて感じていた無力感を、確かなやりがいへと変えていく。
これは、夢物語ではありません。ほんの少し視点を変え、勇気を持って一歩を踏み出したあなたの、すぐそこにある未来です。
「経験者優遇」の四文字は、あなたを拒絶するための壁ではありません。それは、「あなたは、これまでの経験をどう活かして貢献してくれますか?」という、未来の職場からの問いかけなのです。
あなたには、その問いに答える力がすでに備わっています。販売の現場で、お客様一人ひとりと向き合ってきた日々が、その答えを教えてくれているはずです。
さあ、PCの画面に向き直ってください。そして、自信を持って、その応募ボタンをクリックしましょう。あなたの地元は、新しい風を吹かせてくれる「あなた」を待っています。その一歩が、あなたの、そして故郷の新しい物語の始まりになるのですから。