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【体験談】残業100時間SEだった僕が「スキルがない」という呪いを解くまで

午前2時、タクシーの窓に映る自分の顔は、生気がなくまるで幽霊のようだった。生乾きのワイシャツが肌に張り付き、胃の中には10分でかき込んだ冷たいコンビニ弁当が鉛のように沈んでいる。

これが、システムエンジニアとして働く僕の日常だった。月100時間を超える残業はもはや「当たり前」。平日は寝るためだけに家に帰り、休日は泥のように眠るだけ。趣味も、友人との約束も、すべてが遠い過去の記憶になっていた。

「このままでは、本当に壊れる…」

頭の中で警報が鳴り響く。でも、そのすぐ後にもう一つの声が囁くんだ。

『お前に今の会社を辞めるスキルなんてあるのか?』

そう、僕の心を縛り付けていたのは、圧倒的なスキルへの不安。この会社でしか通用しない技術、古びたシステムのお守り。転職市場という大海原に出れば、僕は木の葉のように沈んでいくだけだ。そう、本気で思い込んでいた。

もし、あなたもかつての僕と同じように、過酷な労働環境に心身をすり減らしながらも、「スキルがないから」と転職の一歩を踏み出せずにいるのなら。この記事を読んでほしい。

これは、僕が「スキルがない」という強力な呪いからどうやって解放されたのか、その全記録だ。読み終える頃、あなたはその重い鎖を断ち切るための、最初の一歩を踏み出せるはずだから。

絶望の淵で見た「スキルアップ」という名の蜃気楼

人間、追い詰められると何かにすがりたくなる。当時の僕がすがったのは、「スキルアップ」という一縷の望みだった。

「そうだ、スキルがないなら、つければいいんだ。今の状況が辛いのは、すべて自分のスキル不足が原因なんだ」

そう信じ込み、僕は狂ったように行動を始めた。

睡眠時間を削って開いた技術書

帰宅は深夜1時。そこからシャワーを浴び、30分だけ、と誓って流行りのプログラミング言語の技術書を開く。だが、鉛のように重い瞼はすぐに落ちてくる。カフェインを流し込んでも、文字は意味のある情報として頭に入ってこない。ただ、黒いインクの染みが目の前を滑っていくだけ。

(心の声)「ダメだ…集中できない。今日も1ページも進まなかった。なんて俺はダメなやつなんだ。他の優秀なエンジニアは、きっとこんな状況でも勉強してるんだろうな…」

自己嫌悪だけが、雪のように静かに降り積もっていく。机の上で眠ってしまい、首の痛みで目覚める朝は、絶望の色をしていた。

参加できなかった社外の勉強会

SNSを開けば、同年代のエンジニアたちがキラキラした勉強会に参加している様子が流れてくる。新しい技術、刺激的な仲間、活発な議論。それは、僕のいる薄暗いオフィスとは別世界の光景だった。

「僕も、行きたい」

何度、参加ボタンを押しそうになったことか。しかし、そのたびに緊急の呼び出しや、終わらない仕様変更の波が押し寄せる。「定時で帰れる保証なんて、どこにもない」。結局、一度も参加ボタンを押せないまま、興味のあったイベントは次々と「終了」のステータスに変わっていった。

(心の声)「なぜ俺だけが…?なぜこのプロジェクトだけが異常なんだ?いや、違う。俺の仕事が遅いからだ。俺の能力が低いから、この程度のタスクも捌けないんだ。全部、俺のせいだ…」

責任の矛先を自分に向けることでしか、心のバランスを保てなかった。世界から取り残されていくような焦燥感が、常に胸の奥で黒い煙のように渦巻いていた。

上司からの無神経な一言

ある日、心身ともに限界を迎え、思い切って上司に相談した。「このままでは、厳しいです」と。返ってきたのは、予想通り、しかし心を抉るには十分すぎる言葉だった。

「お前もこのプロジェクトで頑張れば、すごいスキルが身につくぞ。他じゃこんな経験できないからな。もう少し頑張れよ」

スキル。スキル。スキル。

その言葉が、僕を励ますどころか、見えない牢獄の格子を一本、また一本と増やしていくように感じられた。この環境で耐え抜くことが「スキルの証明」であり、耐えられない自分は「スキルがない落ちこぼれ」なのだと、宣告された気がした。

(心の声)「もう、無理かもしれない…。頑張り方が、わからない。どこに向かって走ればいいのかも、わからない。俺は、この会社で使い潰されるためだけにいるのか…?」

スキルアップという名の蜃気楼を追いかけた結果、僕がたどり着いたのは、潤いのあるオアシスではなく、すべてを吸い尽くす底なしの流砂だった。努力の方向性が、根本的に間違っていたことに、この時の僕はまだ気づくことができなかった。

汚染された土壌では、どんな種も育たない

転機は、本当に些細なきっかけで訪れた。会社の喫煙所で、1年前に転職していった元同僚のAさんと偶然再会したのだ。

やつれた僕の顔を見るなり、Aさんはすべてを察したような顔で言った。

「まだ、あの地獄にいるのか?」

僕は力なく頷き、いつもの呪文を唱えた。「でも、スキルに自信がなくて。俺なんかが転職しても、通用しないですよ」

するとAさんは、深く煙を吐き出してから、静かに、しかし力強くこう言ったんだ。

「お前のキャリアは、庭で育てる一本の木みたいなもんだ。いくら栄養剤(スキルアップ)を与えても、土壌そのものが汚染されてたら、木は育つどころか枯れるだけだぞ。問題はお前の育て方じゃない。その『汚染された土壌(今の会社)』にあるんだよ」

頭をガツンと殴られたような衝撃だった。

汚染された、土壌。

そうだ。僕は、自分の育て方が悪い、自分の生命力が足りないと、自分ばかりを責めていた。だが、そもそも立っている場所が、あらゆる養分を奪い、毒を流し込んでくる場所だったとしたら?

どんなに素晴らしい種も、健全な土壌がなければ芽吹くことすらできない。僕がやるべきことは、枯れ木に鞭打って栄養剤を注ぎ込むことではなく、一刻も早くその木を健全な土壌に植え替えることだったんだ。

その瞬間、僕を縛り付けていた「スキルがない」という鎖が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていくのを感じた。

「スキルがない」は会社の呪い。その正体を暴く

Aさんの言葉で目が覚めた僕は、なぜあんなにも「スキルがない」と思い込んでいたのか、冷静に分析してみることにした。そして、それが個人の問題ではなく、会社によって巧妙に仕組まれた「呪い」であることに気づいたんだ。

会社の呪い(思い込み)客観的な事実(真実)
この会社でしか通用しないスキルだ特定業務の深い知識は、むしろ専門性として評価される可能性がある。
周りはもっと優秀で、自分は劣っている異常な環境にいるため、視野が狭くなっているだけ。他社には多様な評価軸が存在する。
新しい技術を学ぶ時間がないのは自己責任そもそも学習時間を確保させない労働環境そのものに問題がある。
この程度の残業は業界では当たり前だそれは「あなたの会社」の常識。ホワイトな労働環境のIT企業は数多く存在する。
転職に失敗したらキャリアが終わるむしろ、心身を壊して働き続ける方がキャリアにとって最大のリスク。

この呪いの正体は、つまるところ3つに集約される。

  • 都合の良い刷り込み

会社は、労働者に「お前は他所では通用しない」と思い込ませることで、低賃金・長時間労働を強いる。これは、思考力を奪い、従順な兵士を作り出すための、一種の洗脳だ。

  • 視野狭窄

毎日同じオフィスと自宅を往復するだけの日々。外部との接触が断たれると、会社の常識が世の中の常識だと錯覚してしまう。あなたは、小さな水槽の中をぐるぐる回っている金魚になっているだけかもしれない。

  • 学習性無力感

心理学用語で、何をしても状況が好転しない経験が続くと、次第に無気力になり、抵抗する気力さえ失ってしまう状態を指す。残業100時間の環境は、まさにこの無力感を生み出すための完璧な装置だ。思考を停止させ、「どうせ無理だ」と諦めさせる。

あなたのスキルがないのではない。あなたの価値を不当に低く見積もらせる「環境」が、そこにあるだけなのだ。

地獄からの脱出計画。呪いを解くための具体的な3ステップ

呪いの正体に気づいたら、次はその解き方だ。僕が実際に地獄から脱出するために実行した、具体的な3つのステップを紹介しよう。難しいことは何もない。今のあなたにでも、必ずできることだ。

ステップ1:外部の物差しを手に入れる「転職エージェントとの面談」

まずやるべきことは、社内の評価という「歪んだ物差し」を捨てることだ。そのために、転職エージェントに登録し、キャリアアドバイザーと面談する。これは「転職するため」ではなく、「自分の市場価値を客観的に知るため」の行為だ。

  • 目的: 自分の経歴が、市場でどのように評価されるかを知る。
  • ポイント: 1社だけでなく、複数のエージェントに登録すること。ITに特化したエージェントがおすすめだ。
  • 効果: プロから「あなたのこの経験は、〇〇という企業で高く評価されますよ」といった具体的なフィードバックをもらうことで、「自分は通用しないかも」という不安が「意外とイケるかも」という期待に変わる。

僕も最初は半信半疑だったが、面談で自分の経験を話すと、エージェントは僕が思ってもみなかった強みを見つけ出し、具体的な求人を紹介してくれた。それは、錆びついた扉に油を差すような体験だった。

ステップ2:"今のスキル"を可視化する「職務経歴書の作成」

次に、これまでやってきたことを文字に起こす。職務経歴書を作成するのだ。これも「応募のため」ではなく、「自分のやってきたことを自分で認めるため」の儀式だ。

  • 目的: 自分の経験やスキルを棚卸しし、自信を取り戻す。
  • ポイント: 「〇〇を開発した」という事実だけでなく、「その結果、どんな課題が解決されたのか」「どんな工夫をしたのか」という背景や成果をセットで書き出す。
  • 効果: 書き出してみると、自分が思っている以上に多くのことを成し遂げてきたことに気づく。「スキルがない」と思っていたのは、単に言語化できていなかっただけなのだとわかる。

僕も「レガシーシステムの保守」と卑下していた業務が、「大規模システムの安定稼働に貢献し、障害発生率を前年比30%削減した」という、立派な実績に変わった。

ステップ3:リスクゼロで世界を広げる「カジュアル面談」

いきなり本番の面接はハードルが高い。そこでおすすめなのが「カジュアル面談」だ。これは選考とは関係なく、企業と候補者がお互いのことを知るための、気軽な情報交換の場だ。

  • 目的: 外部のエンジニアと話し、他の会社のカルチャーや技術に触れる。
  • ポイント: 「すぐに転職する気はないのですが、貴社に興味がありまして…」というスタンスでOK。
  • 効果: 他の会社の「当たり前」を知ることができる。「残業は月平均10時間」「技術書は経費で買い放題」「勉強会への参加も勤務扱い」…そんな世界が本当に存在することを知るだけで、今の環境がどれだけ異常か、客観的に理解できる。

僕はこのカジュアル面談で、自分のいる世界がいかに狭く、歪んでいたかを痛感した。そして、外には無限の選択肢が広がっていることに、心の底からワクワクしたんだ。

よくある質問(かつての僕が抱いていた不安)

  • Q1. 忙しすぎて、転職活動をする時間がありません。
  • A1. よくわかります。だからこそ、まずは「転職エージェントとの30分の電話面談」からでいいんです。平日の昼休みや、土曜の午前中など、少しの時間を見つけてください。活動を始めることが、今の忙しさから抜け出す唯一の道です。時間は「作る」ものです。
  • Q2. 面接で今の会社の悪口を言ってしまいそうです。
  • A2. 退職理由は、ネガティブなものではなく、ポジティブなものに変換しましょう。「残業が辛いから」ではなく、「より生産性の高い環境で、新しい技術を学びスキルアップしたいから」と言い換えるのです。エージェントが面接対策で壁打ち相手になってくれます。
  • Q3. 結局、スキルがないと良い会社には転職できないのでは?
  • A3. 企業が見ているのは、現時点でのスキルだけではありません。あなたの課題解決能力、学習意欲、人柄(ポテンシャル)も総合的に評価します。特に、過酷な環境で耐え抜いてきた経験は「ストレス耐性」や「責任感」の証明として、プラスに働くことさえあります。あなたには、あなたが思っている以上の価値があります。

あなたの価値を決めるのは、会社ではない

僕が月100時間の残業地獄から抜け出して、もう2年が経つ。

今は、残業がほとんどないWeb系の企業で、新しい技術に触れながら、人間らしい生活を送っている。平日の夜にはジムに通い、週末は友人とキャンプに出かける。あの頃には考えられなかった「普通の生活」が、ここにはある。

転職して気づいたことがある。僕のスキルは、前の会社を辞めたからといって、ゼロになったわけではなかった。むしろ、健全な環境に移ったことで、スポンジが水を吸うように新しい知識を吸収し、これまで以上に成長できている実感がある。

あの時、僕を縛っていた「スキルがない」という呪い。その正体は、会社が僕の自尊心を奪い、都合よく働かせるためにつくりあげた幻影に過ぎなかった。

もしあなたが今、暗いトンネルの中で出口が見えずにいるのなら、思い出してほしい。

その会社でしか通用しないスキルは、スキルではなく”鎖”だ。

あなたの価値は、今の会社が決めるものじゃない。あなた自身の市場価値は、一歩外に出てみなければ、絶対にわからない。

壊れる前に、逃げていい。いや、壊れる前に、逃げるべきなのだ。

まずは、この記事で紹介した3つのステップの、どれか一つでいい。今日、今すぐ、行動を起こしてみてほしい。外部の物差しを手に入れた瞬間、あなたの世界は確実に、そして劇的に変わり始めるのだから。

あなたの人生のコンパスは、あなた自身が取り戻すんだ。

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